ラリーのスタートも終わり、アリススプリングスの町はいつものように静かになった。昨日までの賑やかさとの落差を、やけに寂しく感じる。
エアーズロックに向けて出発しようと思っていたのだが、どうも天気がよくならない。2、3日前から雨が降ったり止んだりしている。一度が降り出すと、道路が水没してしまうほどの強い雨となる。無理をせず、天気の回復を待ってから出発することにしよう。急ぐ理由はないのだから。
(5,721km / Stuart Caravan Park, Alice Springs / August 22, 1988)
天気が回復し、ここユララまで一気に来た。
エアーズロック観光の拠点ユララは、ホテルやレストランなどが完備されたリゾート地だ。エアーズロックの環境と美観を保つため、17km手前のこの小さな町に観光客を宿泊させるのである。そのうえ、全ての建築物は周囲の砂漠の砂の色と同化するような赤っぽい褐色に統一されている。これも自然への配慮だという。
エアーズロック周辺は国立公園のため、キャンプも禁止となっている。仕方がないので、ユララに用意されたキャンプグラウンドにテントを張ることにした。
ここからはエアーズロックを眺めることができる。異様なほどの存在感の岩山だ。そしてもう一つ、マウントオルガと呼ばれる岩山を見ることができる。この山も奇妙な形をしていて興味深い。どちらへも行ってみよう。そして、この二つの岩山のほかに見えるものは何もない。
シドニーとアリススプリングスで会った山下氏と、偶然にもこのキャンプグラウンドで一緒になった。これで3度目である。不思議なものだ。
(6,173km / Ayers Rock Campground, Yulara / August 23, 1988)
岩に打ち込まれた鎖を伝い、エアーズロックを登る。世界的に有名な観光地のため、さすがに登る人が多い。それも登山道が渋滞してしまうほどだ。起伏のない斜面のため、後ろを振り向くと意外と高度感がある。足を滑らせたら下まで止まらないだろう。しかし、遮るものが何一つ無いため眺望は最高だ。
頂上には、登頂者が自分の名前を書き込めるようノートが置かれていた。自分の名を書き込む。周囲を見渡すと素晴らしい眺めだ。360度の荒野が地平線へと続く。その中にマウントオルガが、まるで島が浮かぶかのようにポツリと存在していた。近いようだが30km先だ。
エアーズロックを早めに下山し、マウントオルガへ向かう。今までとは変わって未舗装の赤い砂の道が続いていた。洗濯板状に荒れた路面も多く、注意が必要だ。再びこのルートで山下氏と一緒になり、2台でマウントオルガへ向かうことにした。観光客もここまでは来ないようで、ほとんど人を見ない。
マウントオルガは、丸みを帯びたこぶのような岩山が数個並んだような形をしている。その高さは数百mはあるだろうか。こぶとこぶの隙間、「風の谷」と呼ばれるその谷を縫うように、2時間ほどのトレッキングコースがある。このコースを二人で歩いて行くことにした。両側を巨大な岩の壁に囲まれた風の谷。周囲の荒野から隔離されたような、この別世界をのんびりと楽しむ。不思議な感覚だ。
(6,343km / Ayers Rock Campground, Yulara / August 24, 1988)
気象条件がそろうと、エアーズロックは夕暮れ時に真っ赤に染まるという。ここへ来てもう3日目になるが、まだ赤いエアーズロックを見たことがない。山下氏は先を急ぐため朝のうちにここを出発したが、自分はもう1日だけ粘ってみることにした。
夕暮れの時間にはまだ早いが、エアーズロックへ向かう。夕日を背にエアーズロックを見晴らせる場所を探し。オートバイを停めた。周囲には、同じ目的の人たちが意外と集まっていた。
太陽が次第にその高度を下げていく。まるで時間が止まってしまったかのような動きで。しかし、確実に日は落ちてゆく。
エアーズロックが赤く染まった。とうとう見ることができた。今までになかった色だ。しかしそれもつかの間。その赤色を下から覆い隠すように、地球の影が這い上がってきた。赤色の部分はエアーズロックの足元から、少しずつ上部に追いやられ、最後に頂上に一瞬残された。が、それも消えた。日没の瞬間だ。大地もろともエアーズロックが闇に包まれる。そして静寂が広がっていく。あまりの荘厳さに、その場を動くことさえ忘れ、ただ立ち尽くした。夜空には星が輝いていた。
(6,441km / Ayers Rock Campground, Yulara / August 25, 1988)